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都筑民家園2021年の七夕まつり 初日に行ってきました!

センター北から徒歩10分圏内にある大塚歳勝土遺跡公園。 公園の敷地内に併設された都筑民家園では、2021年6月30日から7月7日まで七夕まつりが開催されています。 都筑民家園が開かれた年から毎年恒例の七夕まつりは今年で24回目。 都筑民家園ではコロナ禍以降行事も減ってしまいましたが、3密を避けられる「季節を感じられる展示」に力を入れておられます。 正月飾り、ひな祭り飾り、五月飾り、菊飾り、そして今回の七夕飾りです。

全国津々浦々の七夕飾り

今回の七夕飾りでは、短冊を飾る笹の葉飾りの他に、地方のさまざまな七夕のしつらえが展示されています。 「地方によって習わしがこんなにも多岐にわたるのは、節句の中でも七夕が1番じゃないでしょうか」 と都筑民家園理事の木村格さん。 展示されている七夕飾りについて、木村さんにお話しを伺いました。 七夕伝が中国から日本に伝わったのは奈良時代。貴族の間で七夕行事が取り入れられ、江戸時代あたりから庶民にも広がっていったそうです。 現在では願い事を書いた短冊を飾る行事として認識される七夕ですが、江戸時代では五節句のひとつ。無病息災を祈願し、農作物を供える習わしがありました。現在でも全国各地に名残があり、様式もさまざまなのだそうです。 こちらは播磨(兵庫県西南部地方)に伝わる「七夕棚」。旧暦8/7に祝う、豊作祈願を込めたしつらえだそうです。 そしてこちらのお供え物は宮中に伝わった「索餅(さくべえ)」。 おじさんの名前っぽいですが、小麦を使った食べ物です。今でこそ七夕の食べ物といえば素麺ですが、素麺の元祖がこちらだそう。長崎銘菓ヨリヨリみたいな風貌から素麺とは、ずいぶん変化を遂げたのですね! おとなりの藁を編んで作られた馬は「七夕馬」や「藁馬」といわれる、千葉などで見られる七夕飾り。 またこちらは、長野県の一部に伝わる「七夕人形」。 初節句で子どもの成長と健康を祝うもので、人形にお宮参りの時の着物を着せて軒先に吊るすそうです。 こちらは宮中より京都の一部に伝わる「梶の葉飾り」。 梶の葉が使われるようになった歴史は古く、平安時代まで遡ります。当時紙が大変貴重だったため、貴族たちは梶の葉に文字を書いて、和歌にしたためたそうです。 何と、都筑民家園でも梶の葉を育成しておられるそう! こちらが梶の葉。言われてみれば文字が書きやすそうです。 以上、展示されている七夕飾りでした。 地域によって七夕様式がこんなにも違うとは! 私の故郷もあります。旧暦の8/7、小学1年生の成長を願い、巨大すいかを笹の木の下に供えるという「七夕すいか」というものが。 福岡県筑後地方の中でもごく一部の地域の習わしですが・・。それでも子どもの頃に祖父が巨大すいかを抱えて果物屋から帰ってきた思い出は懐かしく温かいものです。 「都筑区は、地元出身以外の方も多く集まる街。そんな方たちが故郷の七夕飾りを懐かしく思っていただければ幸いです」と木村さん。 以前の飾りは地元都筑の歴史や文化になぞったものがテーマだったけれど「出身地が多様な」都筑区民に目を向けて、趣向を変えてみたのだそう。こちらで故郷の七夕飾りに出会う事ができたら感無量ですよね。

願い事を短冊に書いてみよう

もちろん、現代の笹の葉も飾られています。 どなたでも願い事を書いて、屋外の笹の葉に吊るすことができます。 笹の葉は、遺跡公園内の竹林から都筑民家園竹林クラブの方々が伐採したもの。 竹林クラブでは、年間通して遺跡公園内の一部の竹林を整備・活用しています。七夕には展示用の笹の葉を、年の暮れには門松に使う竹を。 近年は、あいたいや港北みなもなどのショッピングモールにも提供されており、地域と商業施設の結びつきも深まってきています。 この日は催し初日だったので、吊るされた短冊もまだ少なめ。 願いが込められた五色の短冊が日ごとに増え、ますます園内を彩る事でしょう。 小雨が降っていましたが、クチナシの甘い香りに包まれた今時期の都筑民家園も、何とも趣深かったです。 是非、みなさまも足を運んでみてくださいね。 都筑民家園2021年七夕まつり ■開催期間 6月30日(水)-7月7日(水) ■開園時間 9:00-16:30 ■入場料 無料 ■家屋内人数制限有り

Organization

  • 都筑民家園

    都筑民家園

    江戸時代の民家「旧 長沢家住宅」を中心に、管理棟、庭などで構成される区域を都筑民家園といいます。 長沢家は、横浜市歴史博物館から程近い都筑郡牛久保村(現在の都筑区牛久保町)にあった旧家で、江戸時代の一時期、村方三役の名主役や組頭を務めています。旧長沢家住宅の建築年代は、新しい形式も取り入れられているものの、柱の一部にチョウナ仕上げが見られること、土間境の柱が大黒柱となっていないこと等の古い形式を残しているため、横浜に残っている民家の中ではかなり古いものであることがわかりました。 長沢家が建っていたかつての環境は、丘陵地の裾にあって、屋敷の南側が谷戸田の水田で、その東に肥料小屋の「しもや」、西南に物置、東南に車庫があって、東北には竹藪、北側には太いケヤキの老木がありました。

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  • みお

    みお

    2児の母。 ロコっちセンター南のロゴデザインを手掛ける。 35年間福岡県民だったが、この度都筑区に移住する。 センター南をはじめ、都筑区をまだまだ探索中。 趣味は歌うこと、食べること、作ること♪

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