• 投稿日2020.9.3
  • 更新日2021.12.11

2020年6月リフレッシュオープンした横浜市歴史博物館でまがたま作りモニター体験

改装工事の上、コロナウィルス感染拡大防止のため休館していた横浜市歴史博物館が2020年6月2日開館しました。

ちょうど開館日に遭遇した歴史博物館のキャラクター、レックルくん。
フェイスシールドを装着していて、ぬかりないねぇ!

2020年に着ぐるみデビューしたレックルくん。
胸の懐中時計は横浜3万年の歴史をタイムスリップできるアイテムなんだそう。今後もよろしくね!

2020年8月30日現在のインフォメーション。
閉館時間が通常より短縮し、10時〜16時となり、利用制限も所々あるものの、感染防止対策をしっかりされながら、定休日の月曜の以外は開館しています。

館内入り口では、検温・手指の消毒が実施されています。

リフレッシュオープン、どこが変わった?

リフレッシュオープンから約3ヶ月経ちますが、新しくなった所を紹介します。
①天井が新しくなった!

②エレベーターに英語の音声が加わった!
③企画展示室の壁紙が変わった!
④館長室の照明がLEDに変わった!
⑤館外入り口の天井と照明(LED)が新しくなった!

⑥博物館でのお買い物がキャッシュレス対応になった!
⑦フロア案内図やピクトグラムも新しくなった!
⑧所々にレックル君のイラストが加わった!

以前より綺麗に、インターナショナルに、現代的に、進化していました!

館内の「れきし工房」のまがたま作りのモニター体験

2階にある「れきし工房」。
通常、こちらでは1階の「ミュージアムショップ」で購入したものづくりキットを持ち込んで工作できるという、ワークショップスペースでした。

しかし、コロナウィルス感染拡大防止のため、れきし工房も休室中。

現在、感染防止対策をとりながら実施できるよう模索中ということで、8/30日にモニター体験をさせていただきました。(抽選に応募しました)
今回は、「まがたま作りモニター体験」。

長テーブルを4台合わせたひとつのテーブルに1組(4名まで)、1回に2組、最大8名までの人数制限が設けられていました。
※今回はモニターとして参加しているので今後は仕様が変わるかもしれません。

スタッフの方の親切なご指導のもと、まが玉を作っていきます。

まがたま作りキット。
石は硬度の種類がいくつかありまして、今回は初心者向けの削り易い「かっ石」。
ヤスリ3種類と、首に下げる紐がセットになっています。

石にまがたまの輪郭を鉛筆で描いて

キリで紐を通す穴を開けます。

順に目の粗いヤスリで削っていきます。
石を削るなんて生まれて初めて。

まがたまの窪みの部分は
ヤスリを角材の角に当てて削ります。

さらに全体的に丸みのあるフォルムを目指して削ります。

2番目に目の細かいヤスリで全体を滑らかにします。

磨きは、仕上げ用のヤスリで。水の中で擦って磨くと、ピカピカになってきました。せっせと磨いていると、心も磨かれるようです。
だんだん、まがたまが妊娠初期の胎児に見えてきました。色んな意味で神秘的です。

完成です! 古代のアクセサリー!
ワークショップの時間は約90分くらいでしたが、4歳の息子は途中で集中力が切れ、削り粉で遊び出して、黒い服がこんなに白くなってしまいました!笑

年齢に制限はありませんが、未就学児は保護者の同伴が必要になります。
やる気があれば、何歳でも参加できるそうですよ!

消毒は1階入り口と2階受付で2度行い、他の参加者とのソーシャルディスタンスをとり、感染防止対策は徹底されていて安心して行う事ができました。

9歳娘と親の私も夢中になったまがたま作り。
この夏は屋内子ども向けイベントが全滅だったので、久しぶりのワークショップ、楽しませてもらいました。
withコロナの時代のワークショップ、今後も少しずつ増えてきたら嬉しいです。

また、ワークショップでなくても「れきし工房キット」を購入すればお家でも作ることができます。
館内ミュージアムショップの他、通販でも購入可。
キットに同封された「参加証」を集めると特典がありますよ〜!

横浜市歴史博物館ミュージアムショップ

企画展示室も案内していただきました

歴史博物館の企画展では『明治・大正ハマの街 ー新市庁舎建設地・洲干島遺跡ー』が展示されています。

2020年6月に供用開始となった『横浜市新市庁舎』。桜木町駅と馬車道駅に挟まれた場所に位置するこの場所はかつて『洲干島(しゅうかんじま)』と呼ばれ、安政6年の開港後に開港場が整備されたことで、横浜の中心地となりました。

新市庁舎の建設工事に先立って発掘調査を行ったところ、明治時代から大正12年の関東大震災までの豊富な資料が出土したのだそうです。

陶器製の染付けの古便器。細かい模様がお洒落。

横浜の銀行の社交場として建設された集会所跡からは、ノリタケのカップ&ソーサーなどの洋食器や、ビール瓶などが出土しました。ハイカラで優雅な社交場だったことが伺えます。

また、海と繋がる横浜のまちづくりで重要となったのが上水と下水の整備。基盤となる土管も展示されていました。
「水の事を気にしながらまちづくりをしていたんです」学芸員の橋口さんの一押しは、ずばり『土管』。

衛生の観点から下水道の敷設が必要であると、焼き物の里愛知県常滑の陶芸家・鯉江方寿(こいえ ほうじゅ)に発注をかけ、日本で初めて西洋式土管を取り入れました。
その作り方は木型を使い、人力で製作するというもの。試作を重ね、どれだけ労力が費やされたのでしょうか。
秦野市において、明治12年にコレラが発生した事を契機に作られた国内初の簡易水道にも、常滑の土管が使用されました。
そんな昔の土管作りの繁栄を物語っているのが常滑市の「土管坂」。土管が壁に敷き詰められ、やきもの散歩道として現在観光名所になっています。

他に展示されているのは、倉庫に保管されていた輸入品のガラス乾板や輸出品の陶器、カニ缶ラベルや横浜老舗飲食店のノベルティなど、全て関東大震災以降地中に埋もれてしまったもの。
復元され97年の時を経て、また人々の前に現れたというわけです。

こちらの企画展は2020年9月22日まで開催されているので、是非実物をご覧になってほしいと思います。

日本と外国の出入口だった港町横浜。目新しい西洋のものが港を通じて入ってきたり、国内先駆けて上下水道を整えたりと、日本の最先端をゆく街だったのだと、豊富な出土品から伺えました。
今も馬車道付近に残るハイカラな街並みは横浜市民の誇りと言えます。

横浜市歴史博物館公式サイト
横浜市歴史博物館Twitterでは「#洲干島展」にて企画展示の解説を実施しています。
@yokorekihaku

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