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ひろたりあん通信編集長・宮澤 高広さん インタビュー・前編

たまプラーザの歴史に詳しい人と言えば、必ず名前が挙がるのがひろたりあん通信編集長の宮澤高広さんです。宮澤さんはなぜそんなに地域に詳しいのか!?その秘密は宮澤さんの深い歴史愛にありました。 前編では、ひろたりあん通信に関わるまでの宮澤さんの歴史を伺っています。
このあたりの歴史や地理に詳しい人は、と聞かれて誰もが名前を挙げる宮澤さんですが、昔からこのあたりに住んでいるのですか?
全くそんなことはなくて、生まれは岐阜県なんですよ。生まれてすぐ名古屋に移ったんだけど、名古屋も岐阜も日本史的に重要な地域で、親が時代劇好きだったこと、なにより歴史が身近にあったことが、歴史好きになったきっかけかな。 それに、子供の時から本や漫画が好きで、ちょっと年上が読むような本を好んで読んでました。特に影響を受けたのが小3の時に読んだ「プルターク英雄伝」。アレキサンダーやシーザーが出てくる古代西洋の伝記なんだけど、主人公が成長していく過程や人間模様が面白くて、そこで「歴史って人間の生きざまなんだ!」ということに気付いたの。それからどんどん歴史にハマっていったんだよね。 最初にハマったのは、司馬遼太郎原作の連続ドラマ「燃えよ剣」。それから、「隠密剣士」「仮面の忍者赤影」とか、歴史ドラマや時代劇が大好きなマセた子どもだったね。差別問題を扱った「カムイ伝」なんて大人が読んでもよくわからない。そんな本も分からないなりに読んでたんだよね。 青葉区の歴史にとても詳しい宮澤さん。歴史好きは、小学生の頃からの筋金入り。
小さいころから、歴史と活字が好きだったんですね。
活字が好きだったのかも。ルパン、ホームズ、江戸川乱歩、横溝正史、松本清張とかの推理小説も好んで読んだ。中学の時に衝撃を受けたのは、中国の小説「水滸伝」。世の中にこんな面白い物語があるのか…と思ったね。108人の登場人物がいるんだけど、全員の名前を覚えた。何の役にも立たないけど(笑)。仲間が集まって来る過程、そして彼らが権力者に利用されて次々に死んでいくラスト!小説は無理だけど、漫画家になって水滸伝を描きたい!と思ってた。当時は時代劇の漫画も増えてきていたしね。
今書く仕事していますよね(笑)。当時は絵の方が得意だったんですか?
そう、絵は自信があった!幼稚園の時に、おしくらまんじゅうの絵を描いたんだけど、普通の幼稚園児は横から見た、単純に人が並んでいるような絵を描くでしょ。でも、僕はおしくらまんじゅうを斜め上から見た絵を描いて、先生にすごく褒められたのがきっかけで、絵が好きになったんだ。それから、映画や舞台を見たときは、必ず家に帰って印象に残っているシーンの絵を描くようになった。 逆に文章を書くことは大嫌いで、自信がなかったね。ラブレターを書いても結局出せなかったり(笑)年賀状も全部絵手紙。でも、漫画って絵がただ上手ければいいわけじゃないんだよね。ストーリーも重要だし、コマ割りにもセンスが必要。なにより致命的なのは、僕は女性を書くのが苦手だったこと。それで、夢をあきらめました。(笑) 幼いころに絵が得意だった宮澤さん。今、その才能が紙芝居で発揮されている
漫画家をあきらめて、どんな進路を選んだのですか?
とにかく変わり者だったので、中学の先生の勧めもあって全国で5クラスしかない名古屋市立工芸高校の印刷科に進学しました。レアなクラスということもあり、その年の公立高校の倍率は市内で最大。難関だったんだよ!そこでは、印刷技術だけでなく、写真の現像やデザインも学べたので今考えると良かったかな。 就職は、大阪へ行くか東京行くかで悩んだ。とにかく、名古屋からは離れたかったんだね。高校生の時に家出して東京を放浪したことがあったので、結局東京の大日本印刷へ就職。家出した時のときめきと、それ以上にわきあがってくる寂寥感、孤独感がなんともたまらなかったな。それが後に一人旅が好きになった要因だね。 大日本での仕事は楽しかったんだけど、ある日、機械から落ちて大けがをしてしまい、それがきっかけで会社を辞めました。辞めた直後に取り返しのつかない大事故を起こし、人生最大のピンチ!(笑)どん底の生活が一年くらい続き、昼は日本料理のお店。夜は運送会社や警備員など、バイトを掛け持ちしながら食いつないでた。 すべて人生をリセットしようと思ってやってきたのが青葉区(当時は緑区)。お金を貯めることと、絵の勉強をするために新聞販売店に就職しました。
ようやく現在に近づいて来ましたね(笑)でもまだお仕事自体は新聞販売ですよね。
そうだね。でも、落ち着いたら落ち着いたで一人旅をするようになった。目的もなくぶらぶらする旅じゃつまらないんで、テーマを決めたのが城めぐり。北海道から沖縄まで500以上、公共の乗り物しか使わず、全部歩いて制覇。北海道から沖縄まですべての都道府県を訪れました。 それが功を奏して取得したのが、旅行業務管理者の資格。隣に住んでいた学生の後輩がその資格を取る勉強をしていて、面白そうなので一緒に受けてみたんだけど、運良く受かっちゃった。ちなみに、後輩は不合格。(笑)法律や約款の問題は勉強すればできるんだけど、それ以外に各県の名産品や焼き物…といった旅行における一般常識の問題も出るので、旅行経験が物を言ったんだね。 せっかく資格をとったので、添乗員の仕事ってどんなことするんだろう?と、勉強の意味でいろんなツアーに参加してみた。でも、すぐに自分には無理だと思ったね、だって、地元の人たちと意気投合して、朝の4時まで酒盛り(笑)。もちろん、朝の集合時間に遅刻でしょ。それでも、添乗員さんは嫌な顔ひとつしないんだよ。そんな立派な人に自分がなれるわけないでしょう(笑)。 その後の人生を変えたのは、東北の縄文遺跡の謎を追う一人旅。そこから帰ってきたら、バスツアーに参加してみた人にだけ届く雑誌がポストに入っていた。その雑誌に、「三内丸山遺跡の謎に迫る」という、まさに行ってきたばかりの縄文遺跡の講座の募集が載っていて、すぐに参加。その講座の先生がぶっ飛ぶくらい面白い人で、講座の事後グループにも参加したんだけど、それが歴史の裏側を追求するグループ。有名大学の教授や某有名アーティストも参加していたんだけど、目から鱗というか、今まで習ってきた歴史は何だったんだろう?って、常識だと思っていたことが根底からひっくり返った。 そのグループの有志数人で同人誌を出したんだけど、それが初めての執筆経験。日本は砂鉄が豊富で、農具や大工道具が発展した。だからこそ、列島に稲作文化が広まった。つまり、鉄こそが日本文化の出発点だ。という研究論文みたいなものを書いた。その時に、生まれたのが今のペンネーム「歴史探偵・高丸」。高丸の由来については、長くなるので省略。(笑) 1人旅が大好きだった若かりし頃の宮澤さん。その経験は今につながっている。 後編を読む

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    毎月第3日曜日に新聞折込みで発行される地域情報を掲載した新聞。3丁目カフェなどの一部の商店街の店舗でも配布しているほか、Webでも見ることができる。

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  • 藤村 希

    藤村 希

    株式会社ロコっち代表取締役/ロコっち たまプラーザ編集長

    ニックネームは「のぞみん」 自分が出産してからジモトで過ごすことが多くなり、ジモトの情報をもっと効率的に入手したい!と思うようになり、ロコっちを立ち上げました。たまプラからスタートし、もっと地域を広げていきたいと思っています。 たまプラーザちょい呑みフェスティバル実行委員、たまプラ一座まちなかパフォーマンスプロジェクト実行委員、よこはまハロウィン実行委員。 中小企業診断士&MBAでもあり、ビジネス相談もお受けしています。

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