• 投稿日2022.1.31
  • 更新日2022.2.12

たまプラーザを拠点に働く女性にインタビュー⑦

たまプラーザ(神奈川県)を拠点に働く女性のインタビュー記事です。
彼女たちが、いろいろな立場や環境のなかでいかにしてチャンスをつかみ、キャリアを築いてきたのか、副業や複業、起業を考えている人、進路に悩む学生のみなさん、社会との接点を持ちたいと考えている人、すべての“働く人”のヒントになることを願っています。

プロフィール

Coco-smile 吉澤寛子さん

▶ アルソアビューティーカウンセラー
▶ 健康キレイ肌づくりアドバイザー
▶ 皮膚生理学に基づいた素肌力を高めるスキンケアやパーソナルカラーで自分を輝かせる
▶ メイクアップアドバイザー

【サービス内容】

  • アルソア化粧品販売
  • 東洋医学に基づく「ツボ」「経絡」「リンパ」の流れを促すリンパドレナージュ・フェイシャル

Instagram : https://www.instagram.com/cocosmile_3578/

インタビュー

藤戸:今日はよろしくお願いします。吉澤さんは昔から化粧品がお好きだったのですか?

吉澤さん:私はもともとデパートなどのお化粧品売り場の美容部員さんが苦手で、押しつけられるイメージがあっていい印象を持っていませんでした。その私がまさか自分が化粧品に携わる仕事をするとは夢にも思っていませんでした。

藤戸:それは興味深いですね。夢にも思っていなかった仕事に就くことになった経緯をお聞かせいただきたいのですが、まず吉澤さんのことから教えてください。ご出身はどちらですか?

吉澤さん:横浜市旭区で実家は免許センターの側です。

藤戸:生まれもう育ちも横浜ですね。

吉澤さん:そうです。ハマっ子です。

藤戸:どんなお子さんでしたか?

吉澤さん:大人しくて目立たない内弁慶でした。クラスにいろいろなグループがあったのですが、どこかのグループに所属するというより、全てのグループの人と満遍なく話をしていました。この人とはこの話題で、この人とはこの話で、という感じでそれぞれ会話の接点があって、いわゆるツッパリ(今で言うところのヤンキー)みたいな子たちとも普通に話をしていました。クラスにあまり話をしない大人しい子とも話題の接点を探して話をしていましたね。

藤戸:大抵の人はツッパリに話しかけることに躊躇すると思うのですがそのように思ったことはなかったのですか?

吉澤さん:抵抗感はなかったですね。もの凄いツッパリなのに「サザエさんが好きで毎週見ている」という話を聞くと「私と同じじゃん」と思っていましたね。

藤戸:人の意外な一面を知ることに興味があったのですね。将来の進路について意識するようになったのはいつ頃ですか?

吉澤さん:高校生になっても将来について何をしたいとかはなかったですね。進路についてアドバイスをしてくれる大人も周りにはいなかったのであまり考えていませんでした。大学には行きたいと思っていたのですが、当時は女子は短大という考えが主流で親も短大という意識だったので短大の英文科に行きました。短大は入学する年と卒業する年しかないのであっという間でしたね。

藤戸:就職先はどのようにして決めたのですか?

吉澤さん:やりたいことが特になくて普通にどこかの会社に入社できればいいなと思っていました。就職活動を始めていろいろな会社を見ていくうちに面白そうだと思ったのが香料を扱っているメーカーでした。香料メーカーの中では売上げがトップクラスの会社なのですが、BtoB(Business to Businessの略称。企業が企業に対してモノやサービスを提供するビジネスモデルのこと)のため、一般の人にはほとんど知られてない会社でした。私も知らなかったのですがとてもいい会社でした。会社自体はすごく好きだったのですが、通勤の満員電車がとにかく大変でしたね。

藤戸:勤務地はどちらだったのですか?

吉澤さん:新日本橋駅です。ここに4年間通いました。

藤戸:そこではどんなお仕事をされていたのですか?

吉澤さん:原料を調達する部署の資材部で輸入の仕事を担当していました。仕事は面白かったし居心地も良くて働きやすかったです。

【留学への一歩】

藤戸:どうして辞めようと思ったのですか?

吉澤さん:ある日、取引先のイギリスの会社から電話が入りました。英文科出身という理由で電話を取るように言われて対応したのですがうまく話せなったのです。そがとても悔しくて英語の勉強を始めました。英会話教室に通ううちに留学したいと思うようになり、お金の準備ができたので退職しました。

藤戸:次の目標ができたわけですね。

吉澤さん:そうですね。退職した頃はちょうど留学が流行していたので人と違うことをしたいと思い海外1人旅に変更しました。いきなり一人旅は不安があったので最初の3週間だけ語学学校に通ってそのあと旅することにしました。

藤戸:どこの語学学校に行ったのですか?

吉澤さん:アイルランドです。当時はインターネットがなかったので見ていた留学雑誌の「アイルランドにホームステイして勉強する」という広告が目に入ったのです。アイルランドについてあまり聞いたことがなかったのと、イギリスの隣という理由で決めました。

藤戸:その頃は北アイルランド紛争の時期だったのではないですか?

吉澤さん:そうです。紛争でテロがあった頃です。アイルランドへはイギリスから船で入りました。3週間過ごしてイギリスへ戻る際に、北アイルランド経由でと考えていたのですが、アイルランドで知り合った語学学校の人達は口々に危険なので止めた方がいいとアドバイスしてくれました。色々な国籍の人達と出会って、日本で平和に暮らす自分は世間知らずで視野が狭いと思い知りました。結局行きと同じ船でイギリスへ戻りました。

藤戸:そうだったのですね。アイルランドでの生活はいかがでしたか?

吉澤さん:今はどうかわかりませんが当時は語学学校に日本人は全くいなくて「すごく遠くに来ちゃったなー」って思いましたね。街はカラフルで可愛いお家が多くて、庭も可愛くて見ているだけで楽しかったですよ。

藤戸:アイルランドではホームステイでしたよね。

吉澤さん:そうです。芋が主食だったことと一緒にホームステイしていたデンマーク人がその家のやんちゃな子供にすごく怒っていたことを覚えています。学校も毎日の生活も楽しかったです。

藤戸:新しい環境に臆することなく飛び込める吉澤さんの行動力に驚きました。知らない世界に不安を感じることもなかったのですね。

吉澤さん:そうですね。不安よりワクワクする気持ちが強いですね。冒険好きだと思います。散歩していても知らない道に出くわすと楽しくてワクワクします。イギリスにいた時も毎日いろんな道を歩くのですが、地図も見ないで歩いていました。どこかにたどり着くことが楽しくてしょうがなかったですね。今でも同じですけどね。

藤戸:イギリスではどこに行きましたか?

吉澤さん:ネッシーを見に行きたくてネス湖にも行きましたよ。

藤戸:ネッシーはいましたか?

吉澤さん:それが本当にいました。早朝だったのか夕方だったのか、はっきりと覚えていないのですが、湖に何かの影が見えたのです。私はそれがネッシーだったと信じています。

藤戸:イギリスの旅はどうでしたか?

吉澤さん:旅の途中のスコットランドで同じ年齢くらいの日本人女性に出会いました。話をしていたら意気投合して、それから北の端から南の端まで一緒に旅をしました。ネス湖も一緒でした。旅の途中でその女性がホームステイしていたところに一緒にホームステイして、結局5ヶ月くらい一緒に過ごしました。

藤戸:イギリスにはどのくらい滞在していたのですか?

吉澤さん:5月から12月までの7ヶ月です。ちょうどクリスマス前にお金が尽きて日本に戻ってきました。向こうで25歳の誕生日を迎えました。当時は携帯もなかったので簡単に連絡もできず途中何度も寂しくなってコレクトコールでよく親に電話をしていました。海外に行って親のありがたみを感じました。

藤戸:若い頃に貴重な体験をされたのですね。イギリスを旅したことで何か変化はありましたか?

吉澤さん:行く前は人の目を気にするタイプでコンプレックスだらけだったのですが、「自分は自分、ありのままの自分で大丈夫。」と思えるようになり気持ちが楽になりました。「自分が思ったことは主張しよう」と思えるようになり積極的にもなりました。

【新たな夢へ】

藤戸:吉澤さんの変化に旅が充実していたことがわかりますね。帰国後は何をしていたのですか?

吉澤さん:帰国後は個別指導塾で英語を教えながら2つ掛け持ちでアルバイトをしていました。休みもなく忙しかったのですがバランスが良くて楽しくやっていました。しばらくして将来を考えるようになり、何か勉強しようと思い学校に行くことを考えました。日本語教師とメイクアップに興味があったのでどちらかにしようと悩んだのですが、日本語教師を目指すことにしました。途中、仕事をしながら学校に通うつもりで就職をしたのですが、仕事が忙し過ぎて学校に行けなくなり日本語教師の勉強も中断したままになりました。

藤戸:何をする会社に入ったのです?

吉澤さん:スポーツ用品を売る会社です。アメリカ四大スポーツとサッカーに関するグッズを販売するお店を経営していました。そこの映像部門でVHSのビデオの輸入担当でした。エクササイズのビデオの輸入や、広告やポップを作っていました。映像の見本市がカンヌ(フランス)であった時には同行して、版権の交渉を間近で見る貴重な体験もしました。

藤戸:なかなか面白そうな仕事でしたね。その仕事を辞めたのはどうしてですか?

吉澤さん:いろいろなことを経験できたのですが、仕事が忙しすぎたこともあって3年働いたところでもう一度日本語教師の勉強を最後までやりきろうと思って退職しました。退職後、学校に戻って日本語教育能力検定にも合格しました。この時は人生で1番勉強しました。

藤戸:おめでとうございます。ではいよいよ資格を活かして日本語教師になったのですね。

吉澤さん:資格を取った時期に結婚してたまプラーザに引っ越してきました。日本語の先生に就きたくて仕事を探したのですが実務経験者の募集だけで、経験を積まないと仕事に就けないことがわかりました。そのような理由で、市が尾にあった国際交流センター(現在は田奈)に週1回ボランティアで教えることになりました。

藤戸:ボランティアはどうでしたか?

吉澤さん:とても楽しかったです。いろいろな国の人がいてみんな熱心で教え甲斐がありましたが、しばらくして子供ができたので辞めて子育てに専念しました。

【アルソア化粧品への出会い】

藤戸:アルソア化粧品への出会いを教えてください。

吉澤さん:子供が小学校に上がるタイミングで何かを始めたいと思っていた頃、長年愛用してきたアルソア化粧品の方から「お仕事としてやりませんか?」というお誘いがありました。仕事にすることもできるということは知っていましたが、最初に話をしたように私の中で美容部員へのイメージがあまり良くなかったので化粧品を販売することは全く考えていませんでした。

藤戸:何がきっかけでアルソア化粧品の仕事を始めることになったのですか?

吉澤さん:ある日、子供の幼稚園が一緒のお母さんからどこの化粧品を使っているのか聞かれて、アルソア化粧品を使っていることを話ました。そうするとサンプルが欲しいと言われました。アルソア化粧品の方にその話をしたところ、私の家で使い方の説明をしてくれることになりました。

もともと子供達がいろんなお宅に行ったり来たりして遊んでいたので、その延長でみんなが遊びに来る時に話をしてもらうことになりました。せっかくなのでお母さんたちに声をかけたら、たくさんの人が来てくれて体験会のようになりました。私は体験した友達がアルソア化粧品を気に入ってくれたことに驚きました。

同時に私が気に入っているものを友達も気に入ってくれたことがとても嬉しかったです。友達が共感して喜んでくれたことで私の気持ちに変化が起こりました。それまでは、人に化粧品を勧めることは良くないことだと思い込んでいたのですが、選択するのは人それぞれだから自分がいいと思うものを紹介することは別に悪いことではないと思ったのです。

藤戸:それは大きな変化でしたね。

吉澤さん:そうですね。子供が小学校に上がるタイミングだったことと、それまでの友達と繋がっていたいという気持ち、そしてこの気持ちの変化はアルソア化粧品の仕事を始めるきっかけの1つの大きな出来事でした。

藤戸:それから今に至るわけですね。

吉澤さん:そうなのですが、日本語のボランティアもアルソア化粧品の仕事を始めるタイミングに再開したのです。ボランティアに戻って4年経ったときに念願の日本語の非常勤講師として教えることになりました。生徒さんは中国の方が多かったのですが、3.11の震災でほとんどの人が帰国し、その後も生徒さんが戻ってこなかったため非常勤講師は辞めてアルソア化粧品の仕事に専念しました。

藤戸:アルソア化粧品の仕事はどうですか?

吉澤さん:仕事なのですがとても楽しいです。あるお客様に「人をきれいにする仕事ってすごくいい仕事ですよね」と言われたことがあります。私も健康になりたいし綺麗になりたい気持ちは同じで「一緒に綺麗になりましょう!」という気持ちでやっています。

事務の仕事をしているときは巡り巡って社会の役に立っていることを感じましたが、この仕事はお客様が喜んでいることがダイレクトにわかります。「ありがとう」という言葉が聞けることはとても嬉しいです。そして私がこの仕事で大事にしていることは化粧品の「販売」ではなく「伝えること」ことです。そしてゴールはお客様の「健康キレイな肌づくり」です。

藤戸:アルソア化粧品の仕事を始めるときに不安はなかったですか?

吉澤さん:不安と言うより最初は何をしたらいいのかが全く分かりませんでしたが、誘ってくれたアルソア化粧品の方が何でも相談に乗ってくれたので安心して始められました。この仕事をやるかやらないか、最初にあれこれと悩みましたが、もし、途中で嫌になったらやめればいいと思ったのです。アルソア化粧品の販売の仕事は、やりたくなくなったらいつでも元のお客さんに戻ることができるからです。それで気を楽にチャレンジすることができました。

藤戸:商品もだと思うのですが、会社の姿勢も安心できますね。今はアルソア化粧品の仕事とフェイシャルエステだけですか?

吉澤さん:アルソア化粧品の販売と50歳の時に始めた眼科の仕事をしています。眼科では新人という立場が久しぶりでとても新鮮でした。覚えることはたくさんありましたが、新しい世界を知ることは私にとって興味をそそられ楽しくもありました。

藤戸:今日のインタビューで吉澤さんが絶えず口にしている言葉が「楽しい」という言葉です。ご苦労をされたことはもちろんたくさんあったと思うのですが、全ての状況を楽しめるところが吉澤さんの強みだと思いました。

吉澤さん:そうですね。全ての状況を楽しむことが私のモットーです。なんでも楽しんでやろうと思っていて、嫌なこととか大変な仕事もあるのですが、あと、単調な仕事とかつまらない仕事とかもありますが、その中に一つ自分の中に楽しみを見つけます。すぐに見切りをつけるのではなく、そうやってしばらく続けて何かを得てから次に進むようにしています。何事も楽しんだもの勝ちだと思っています。

藤戸:ココソレイユさんで仕事を始めたきっかけを教えて下さい。

吉澤さん:代表の今枝さんの息子さんと娘が同級生で幼稚園が一緒でした。その頃からの知り合いで、今枝さんから多目的サロン“ココソレイユ”(http://cocosoleil.net/)をオープンするときに誘って頂きました。私も心機一転、新しい人に出会う場所にしたいと思い参加させていただくことになりました。

【吉澤さんのこれからの活動について教えて下さい。】

アルバイト時代に日本語教師とメイクの仕事は一緒にできないと思って日本語教師を選びましたが、今になって思うと一つに絞らなくてもよかったのかなと思います。これから先の出会いやその時にいいな、やりたいなと思う方向に進んでいけばいいのかなと思っています。今決めないで自由にその時の自分のやりたいことに向かって進んでいけたらいいなと思っています。

【これからたまプラーザで何か始めようとする人(起業や副業などフリーで活動をはじめようと思っている人に)にアドバイスをお願いします。】

自分をオープンにしていろいろな人とコミュニケーションを取っていくことでしょうか。仕事をする上で人と人との繋がりはとても大事です。このインタビューも出会いがあってのことですよね。一つ一つの出会いを大事にして、それを繋げていくことを心がけていくことです。

【最後にたまプラーザがどんな地域になるといいと思いますか?】

若い世代の方たちがたくさんいらっしゃいますよね。若いファミリーや子育て世代も多いと思うのですが、小さな子供達が安心して自由にのびのびと育っていける地域になるといいと思います。そして、ママ達も周りの目を気にすることなく自由にのびのびと過ごしていけるような場所になるといいなと思います。日本全体でも上の世代が増えていますので、いろんな世代とコミュニケーションが取れるようなるといいですね。

<キャリアコンサルタント藤戸寛子のつぶやき>

吉澤さんはどこにいても自然に場に溶け込んでいて、その周りには穏やかな空気が流れています。どうしてそうなのかな?と思っていたのですが、話をきいて合点がいった感じです。相手と自分の接点を見つけることが上手で、そのためすっとその場に馴染んでいるのだと思いました。人の本質を見抜く力があり、好奇心旺盛で意志が強く、その行動力には脱帽です。何事にも前向きに楽しみながらやっていくところは吉澤さんの強みだと感じました。

少し固い話になりますが、クランボルツ教授が提唱しているキャリア理論に「計画的偶発性理論」というものがあります。個人のキャリアの8割は偶然から作られているというものです。今のような変化の激しい時代にあって、これまでのようなキャリアプランの立て方(目標を決めて行動する)は、効果的ではなくなっています。明確なゴールを定めず、今に焦点を置いてキャリアを考えていくことは実はチャンスを広げていくことになります。チャンスが来たときにしっかりとそれをつかみ取ること、そのための準備をすることがこれからの時代を生きていく大事な力になります。