• 投稿日2018.4.15
  • 更新日2021.12.6

【楽人 No.4】 美しが丘アセス委員会 委員長 藤井本子さん・後編

たまプラーザの街を舞台に、人を巻き込んで楽しんでいる人にインタビューをするたまプラ新聞とロコっちの共同企画「楽人」。4回目は、美しが丘アセス委員会の委員長であり、美しが丘2・3丁目を中心にたまプラーザの街づくりに取り組んでいる藤井本子(ふじいもとこ)さんにお話を伺いました。

後編は、美しが丘マダム会、街のはなし、そして藤井さんがまちづくりに情熱を注ぐ理由について伺っています。

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アセス委員会とはまた別に、藤井さんが取り組んでいる活動があったら教えてください。

自治会のおばあちゃんたちで「美しが丘マダム会」というのを作って活動しているんです。

2000年くらいに、美しが丘が横浜トリエンナーレの青葉地区会場に選ばれてオリエンテーリングをやったんですが、スタッフが集まらなくて苦労したんです。その時に、自治会員の方にお手伝いいただいて、それがきっかけで、人の足りないところのお手伝いするような人材バンク的な会を作りました。

自治会館を借りて、5回くらいバザーもやりました。それがものすごい稼げたので、そのお金を、自治会館の周りに花壇を作ったり、掲示板を立てたり、街の役に立つことに使いました。自治会員対象のバス旅行をやったりもしました。そういうことをやっていると、自治会の役員を引き受けていただけたり、自治会長のサポートができたりできていいんですよね。子供が地域の学校に行かなくなると、つながりがなくなってしまいますけど、その問題も解消されます。

今は、バザーが年齢的にきつくて、できなくなってきたので、残りのお金で細々とやっていますが、花壇の手入れは続けています。花壇の手入れをやっていると、「ご苦労さまです!」と声をかけてくれる人がいるのですが、「一緒にやりましょうよ」と誘うと、「ボランティアなんですか!?」と驚かれます。みんな業者だと思ってるんですよ(笑)そういう意味では、本当のマダムはいないですね、土方仕事ができる人だけ(笑)マダム会の花壇は、とってもきれいなので、ぜひ見てください。


美しが丘マダム会が管理する自治会館前の花壇。春はチューリップがとてもきれい。

藤井さんは「街のはなし」にも関わっているんですよね?

「街のはなし」は、アーティストの谷山恭子さんが、毎年11人の住民に、たまプラーザの中で一番自分の好きな場所をインタビューをしてまとめている冊子で、今Vol.5まで出しています。住所ではなく、場所を緯度経度で表現しているのが特徴の一つです。

横浜トリエンナーレが始まった時に、横浜アートサイトが各区でのアートイベントを助成するという動きがありました。そこで、2008年に知人が青葉区は住宅街の街だから、住宅街のアートイベントをやりたいと発案して、それを手伝うようになりました。それが、AOBA+ARTです。

AOBA+ARTでは、毎年メインアーティストを決めるのですが、谷山恭子さんが担当した時に、街のいろんなところの緯度経度をつけたんです。区切りがいい緯度経度の場所に芝桜を植えて、緯度経度をつけたり、雑草にもつけたり。彼女が緯度経度にこだわるのは、それが普遍的な尺度だからなんです。東日本大震災の時に、がれき撤去のボランティアに行って、住所が意味をなさなくなるのを目の当たりにしたからなのね。

そのAOBA+ARTがきっかけで、谷山さんが街のはなしの制作を提案してくれたんです。ここは、文化遺産はない場所だけど、50年は歴史ですよね。町史っていうのは有名な街にはあるけど、誰が何を作った、みたいなのは面白くないじゃないですか。老若男女に一番好きな場所はどこですか?と聞くと、インタビューの中でいろんな話が出てくる。あるある美しが丘ですよね。

ABC公園は、昔外国人の住民の方がよくお掃除してくれていて、英語の人がいるから子供たちがABC公園と言い出したという話もここで出てきたの。


「街のはなし」の中でその名の由来が発覚したABC公園(美しが丘第四公園)。

ただの出来事ではなくて、感情が流れている歴史ですね。

そう。今は、10号出すのが目標で、そうすると110人の話を収録したことになりますよね。幼稚園から80代まで。言葉がずっと残っていくのは素敵なことだと思う。

どうやって街ができていたかは町史に書いてある。でもそういうことではなくて、「ふーーーん」というようなことを伝えていきたい。「私の話も聞いてほしい!」と人が出てきたらさらに素敵ですね。

この冊子は話した人の名前が出ていないのがいいんですよ。名誉をのこすための冊子にはしたくなくて、歴史が自然に積み重なるような記録。なんとなくこの人が話しているのかな?という想像も面白いですしね。


街のはなしに収録する写真の選考会の様子。制作には住民ボランティアも参加している。

藤井さんの活動はほぼボランティアですよね。どういったモチベーションで続けているのですか?

そうですね。35年間ほぼ無償でやっています。自分でもなぜやっているのかよくわからないですね(笑)

もともと、人の役に立つということは向いてないんですよ。民生委員とかはできないです。人間が軽すぎるんで(笑)〇〇でなければならない、というのが好きじゃないんですよね。あと、きちんとしなきゃ、という気持ちが欠けている(笑)。自治会長とかになってきちんとやりましょう、と言われたら無理です。

活動をしている中で、いろんなすごい人、特別な人とつながりができて、もっと面白いことができる、というのはすごく楽しいですね。今回、100段階段をやろうと言い始めたときに、いろんな人にどんどん声かけるんです。そうすると、またあの人新しいことを企んでる、って言われます(笑)

それぞれが少しずつやれることを持ち寄って、何かが形になっていくというのは面白いな、と思うの。100段階段は、建築家も、自治会も、子供達も関わってくれる。お金の計算は不得手だけど、やってくれる人がいる。コンテストも、もしダメだったとしても来年もやりたいくらい楽しかった。「もしダメでも来年もやろうね」って言ったら、「だめですよ、今年とりにいかないと!」と言われたけれど(笑)

活動をしていて、儲かったり、褒められたりするわけじゃないから、私のメリットといったら楽しいということだけですね。もし私にメリットがあったら周りは許さないですよ。だからやらせてもらえるんです。

(写真:長坂 断 / たまプラ新聞)

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